発泡する時代

泡を通して時代を見つめる春の七草みたいな、目薬が恐くて瞬いちゃうような日記です

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

第7回:人間の本性

このブログは基本的にだれにも公開してないし、友達にも、ましてやお付き合いしている彼女にでさえも公開していないブログです。
その目的は自分の日々思ったことを赤裸々に綴る、下品な言い方をすれば、もよおしたときにゲロっちゃおう、っていうコンセプトの下開かれているのですが、今回はその目的に沿ってぶちまけていこうと思う。

人間の性善説、性悪説に関しては

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E5%96%84%E8%AA%AC
Wikipedia「性善説」


「人間は、生まれた時には、善にせよ悪にせよ、なんら社会性を示す事に関する言動を行う事が出来ない。 しかるに性善説と性悪説は赤ん坊を観察し続けて居ても、どちらが正しいかを計る事はできない。」
とあるように、決定的な結論を導き出すことはできないように思う、要は切口の問題に違いない。

例えば、ボランティアで路上を掃除したり、隣に住むおばあさんを見掛けて買物袋を持ってあげたり、タクシーで「お釣りいらないです」っていきがったり、飼い犬に手を噛まれてにこにこしたり、ライダーキックを本気でかましてくる小2の甥にお年玉あげたり。いいことすると気持ちよいよね、でも今回の、僕なりの切口は大好きな笑う、っていうことから考えて見たいと思う。

いいことして微笑ましいっていうのはわかるけど、一番気持ちいいときってやっぱり爆笑してるときだよね、でその笑うタイミング、というか笑わせる手法の中でいいことしてるっていうときってあんまりないよね、どっちかっていうと人のちょっとした不幸とか、無意味だったりすることとか、負の要素に対して笑ってると思うんだよね、人が肥だめに落ちかけて助かったときって....まああんま無いけど、もしぎりぎり助かったときってよかったねって思うにしろ笑いは無いじゃない。それよりもぎりぎり落ちたときの方が笑えるよね、これって何かのベールに隠されてはいるものの人間の黒い部分が見えてるんだと思うんだ、そう考えたら人間は性悪説に寄ってるような気がするんだよな。
だからこそ、善行ってあえてやらなきゃいけないよな。
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。