発泡する時代

泡を通して時代を見つめる春の七草みたいな、目薬が恐くて瞬いちゃうような日記です

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第13回:科学、文学、宗教

弟のとこにお世話になりながら、修行してきた。

さて、僕は科学を志している、なのでめっぽう理論的に物事を考えがち、というよりもそういう訓練をしてきた、柔軟性のない脳みそである。
ところが、自分の専門外のこと、すなわち文学や宗教的なことに接すると、なかなか物事の見方が広がるものである、というのも自分は神、心霊、流行の言葉でいうとスピリチュアルな現象を信じているので、宗教というものを理解することが出来る、しかし今までは神の存在を、物理法則が存在するということと矛盾しないから存在したって不思議じゃない、という考え方であったのだが、ある宗教の修行に参加して、神様を第一にもってくるという考え方に移行した。そうすると不思議なもので、なんだか日常生活に感謝が生まれるのである、これはこれからの人生が豊かなものになりそうでわくわくするのである。

ところで文学のテーマ。これは今僕は太宰治にはまっている、この人の本を読むと、確かに暗くなる、本当に暗くなるのであるが、登場人物が非常に思慮深く、その考えを活字を通して僕も考えてみることで、なんだか一冊、また一冊読むごとに、自分自身もなんだか人間観察をし、またその他の事象を観察し、そのことに考えをめぐらす、という行為を行っていることに気づくのである。これは非常に面白いことである。

科学は、宇宙の真理を追求する
文学は、内なる宇宙の真理の追究をする
宗教は、その両方の真理である

なんつってな
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