発泡する時代

泡を通して時代を見つめる春の七草みたいな、目薬が恐くて瞬いちゃうような日記です

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第12回:人生を左右する出会い

ここのところ長い長い休暇中、人生ではじめて引きこもりを実践している。こう時間ができると、自分のこと、人のこと、あることないこと考えてしまって、どんどん考えが凝り固まって、悪循環に陥る実感がある。ただ、常ではないが、時たま自分の考え方を客観視できる時間があるということが幸いである。

さて、そういうわけで、自分は今どうも人生の岐路にいるらしい、正確には今まで選んできた、たくさんの選択肢、そのひとつを選ぶ時期にあるらしい。 このようなとき、つまりなにか迷っているときに道を照らしてくれるような出会いが突然訪れ、突如として選択肢のひとつが鮮明に見えてくる、あるいは選択という行為からすら開放してくれることがある。 今になって思えばそういった出会い、もしくはアハ体験というものが、人物というものを作っていき結果として迷い晴れを起こすのかも知れない。

出会いには色々あるだろう、あるときには直接手を差し伸べてくれる誰か、あるときには活字、そしてあるときには鼓舞してくれる音楽、もしかしたら雲間からこぼれる一筋の光に感銘を受け心が透き通ることもある、間違いなくある。

ところで今回の僕が出会ったのは黒澤明である、昨日のエントリーで「生きる」について書かせていただいたが、この作品に感動して、今日立て続けに
「姿三四郎」 「野良犬」 「醜聞」
を拝見した。
どれも、人物に引き込まれていく、共感できるものだった。あらすじなどはまあ自分向けのブログなので割愛するが、特に「醜聞」の弁護士役の志村喬の演技のすごさ、いや演技と思わせないすごさ、リアリティーには感動した。そして感銘を受けたのはその弁護士である、三流、いやそれ以下の弁護士が社会的に大きな訴訟の代理人を勤め、被告側の姑息な手段に完全に飲み込まれ自分の依頼者を裏切るのだが、最期の最期で、自分の不正とともに相手方の不正を暴露し勝訴する、このことを「星が生まれた瞬間」と表現されるすごさ!

この脇役の生き方が、今プレッシャーから逃げかけている僕に対して非常に、しかしシンプルに訴えかけてきたのだ、奮い立たせてくれたのだ。だって飽きずにこんな長文書けてるし、それだけでもめっけもんですわ♬ 
昨日見た「生きる」とともに、心が折れそうになったとき、逃げそうなとき、奮い立ちたいとき、ちゃんと見返せよ、俺。

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第11回:生きる

なんか卒論発表会を急遽行うということで、忙しかったので久々の更新。

僕は元来映画というものがあまり好きではない、その理由はいつか書くこととして、今日は久々に見たDVDの話ね。
「生きる」黒澤明の映画である、主人公は30年間事なかれ主義を貫き通し、何の向上心もないうだつの上がらない市役所の市民課長である。この主人公が間接的にではあるが、自分が胃がんであり余命幾ばくもないということを知り、自分のまるで死んでいたような人生をまた一から生きなおす、という話。

考えさせられたなー、今の俺に重く重くのしかかってくるようなテーマだった、死ぬために生きる志村喬の断末魔の叫びとも取れるような悪あがきの描き方もよかった、登場人物それぞれの心の動きも手にとるようにわかる、黒澤明すげーよ。主演の志村喬は以前見た七人の侍の主人公、島田勘兵衛役で拝見してはいたが、そのときの冷静沈着な役とは全く違って、平々凡々と生きてきた中年の演技は圧巻だった。しかし、僕のような若輩ものが黒澤映画を見るのはいまさらの感が否めな区はないだろうか?とも考えたのだが、「生きる」の主人公の言葉を借りれば
「いや...今からでも遅くはないぞ」
だな。

なんか安い文章になったね。ほんと何walkerだよ!

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第10回:おっぱい論、その概論

おっぱいの不思議、これは生おっぱいを見る前でも、ましてや現在においてさえ私の、いや、世の男性の心をとらえて離さない存在である、これから何回かに分けて気まぐれに持論を展開させていただきたい。
さて、今日はおっぱいとの出会いである、これは生パイでは無く!2πrでという響きにポッチポチになっていたころ、道端に落ちていたエロ本の切れ端で見掛けた、そしてランドセルに一目を忍んで丁寧に収納した、程度の出会いであった。
この出会いを有名アニメに敬意を表してファーストインパクトを呼ぶことにする、さらにこのFIを共有した友達を親友と呼ぶ。なおこのころ、数字の3を-90°回転させたものを、あるいは同じ事だが3π/2rad回転させたものをおっぱいと呼んでいた事実を大切にしたい。想像力に訴えろ!

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第9回:OS依存症

ひさびさの更新だな。今日は自分のOS依存性について考えてみよう。
世の中ではWinidowsが標準のOSとして君臨しており、ちょっとおされな人とか、くりえいちぶな人はMacを使っている、そんな状況であり、さらにコンピュータを少し知っている人はlinuxとかunixを使ってるんだろうな。現在僕はlinuxをTexとかEmacsとかGCCのネイティブOSということで使用している、最初は違和感あったなー、でも今ではクリックとかめんど臭いし、ターミナルで全部作業できるの便利だよね。なんかまじめにふまじめっていうか、損して得とる適な、コマンド覚えるの面倒だったし、Emacsのキーバインド覚えるのも面倒だったし、でも今ではWindowsで作業するのは考えられないですな、Vistaの3Dも別に本質的には2Dと同じだし、まああとはお金ないからlinuxっていうのもありますな。
でもさWindows無いと不便なことって結構あるんだよな、プリンタのドライバとかNintendo DS の無線LANのポイント作る奴とかWindowsにしか対応してねーんだもん、でもさ、いつかみんながブラックボックス扱ってる恐さとかわかってオープンソースな世界を知ることでWindowsから流れてくれたらもっと便利になるんだろうな、俺が。でもそうなってくると

「おまえのファイル俺のパソコンで開けねーんだけど」
っていうカオスの世界になるんだろうね、まあlinux使ってる人はそんなこといわないし、ちゃんとどのOSでも見れるような形式に焼直して送るんだろうけどさ、でも便利だよlinux以外は。お金欲しいなー、そしてVistaが動くスペックのパソコン欲しいなー、ちきしょう。

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第8回:心の骨折音

期待が裏切られたとき、積み重ねてきた何かが無に帰したとき、心が折れると表現することがよくある。
例えば、今日は休みだから水族館♪って行ってみたら水槽のカニが小魚を思いっきり食ってたときにはきれいな魚を見にきたのに弱肉強食の現実を突き付けられたり、ノックしつづけてやっと空いたトイレですっきりした後で、ふと見るとトイレットペーパーが切れてたときには一生ここに住んじゃおうかなってしばし呆けてみたり、ラスボス間近のセーブデータが消えてたときにはファミコンのカセットをフーフーし続けたあとにはニューゲームする気にならないわな。まあそんなときに聞こえるんですわ。
自分のうつった鏡にひびが入るピシっていう音とか、やっぱり子供のときのトラウマでドラクエのセーブデータの消えるジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャントゥルントゥルンとかね。
心の折れる音で踊れるくらい明るくなりたいね。

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第7回:人間の本性

このブログは基本的にだれにも公開してないし、友達にも、ましてやお付き合いしている彼女にでさえも公開していないブログです。
その目的は自分の日々思ったことを赤裸々に綴る、下品な言い方をすれば、もよおしたときにゲロっちゃおう、っていうコンセプトの下開かれているのですが、今回はその目的に沿ってぶちまけていこうと思う。

人間の性善説、性悪説に関しては

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E5%96%84%E8%AA%AC
Wikipedia「性善説」


「人間は、生まれた時には、善にせよ悪にせよ、なんら社会性を示す事に関する言動を行う事が出来ない。 しかるに性善説と性悪説は赤ん坊を観察し続けて居ても、どちらが正しいかを計る事はできない。」
とあるように、決定的な結論を導き出すことはできないように思う、要は切口の問題に違いない。

例えば、ボランティアで路上を掃除したり、隣に住むおばあさんを見掛けて買物袋を持ってあげたり、タクシーで「お釣りいらないです」っていきがったり、飼い犬に手を噛まれてにこにこしたり、ライダーキックを本気でかましてくる小2の甥にお年玉あげたり。いいことすると気持ちよいよね、でも今回の、僕なりの切口は大好きな笑う、っていうことから考えて見たいと思う。

いいことして微笑ましいっていうのはわかるけど、一番気持ちいいときってやっぱり爆笑してるときだよね、でその笑うタイミング、というか笑わせる手法の中でいいことしてるっていうときってあんまりないよね、どっちかっていうと人のちょっとした不幸とか、無意味だったりすることとか、負の要素に対して笑ってると思うんだよね、人が肥だめに落ちかけて助かったときって....まああんま無いけど、もしぎりぎり助かったときってよかったねって思うにしろ笑いは無いじゃない。それよりもぎりぎり落ちたときの方が笑えるよね、これって何かのベールに隠されてはいるものの人間の黒い部分が見えてるんだと思うんだ、そう考えたら人間は性悪説に寄ってるような気がするんだよな。
だからこそ、善行ってあえてやらなきゃいけないよな。

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第6回:太陽のくるぶし

ひょんなことから加藤夏希写真集
「太陽のくびれ」
を閲覧することに....ごめんなさい、嘘です。前向きに、いや前かがみに見てみた。だけども!だけども!怒りを禁じ得なかったね、したってさ!くびれどころか鎖骨すらろくに拝ませていただけないような、全編服着て写ってらっしゃるんだよ!!ほとほと困り果てていたところで気がついた。

おれは、盲目だ....「くびれ」にしか目が行っていなかった、「太陽のくびれ」、
「おてんとうさまのくびれ」なんだと、だれも「ナッキーパンチのおくびれ様」とは言っていないじゃないか、いやいや、早合点も甚だしい限りでお恥ずかしゅうございます。
...でもね、そうなってくると太陽にくびれは存在するのか疑問になってきたね。
黒点か?いやあれは太陽の桑田真澄、太陽のえくぼであるにしろ、くびれではない。ならプロミネンスか?これは黒点から太陽の磁場に沿って細く放出される炎だが、あれは太陽のほくろ毛、ではあってもやはりくびれにはほどとおい、というか太陽は球体だからくびれに相当する物なんてあるはずがない。
ここで一端議論は尽きてしまうのだが、地球に対して似たような表現があることを忘れていた
「地球のへそ」こと御存じエアーズロック
出べそじゃん... まあそれは置いといて、この表現になんらかのヒントを見出そうとしたのだが、実際に存在するものを別のものになぞらえているだけなので、やはり行き詰まってしまう、残る選択肢はひとつである。

タイトルを付けた人は太陽の現象ではなく、もっと抽象的な側面をくびれに例えたのだ

そうなってくると、結論にたどり着くにはくびれの意味、もっと言うと、この写真集を買う人間にとってのくびれとは、ということを考えなくてはならない。
単純に考えると、くびれは女性らしさを連想させる、しかしさまざまな神話において太陽は男神として擬人化されているように、また鳥山明先生のDr.スランプアラレちゃんのアニメにおいて、太陽の「おっはよー!!」といったセリフに対して、男性の声優さんがアテレコしているように、男性というキャラづけがされているのだ、これはくびれの持つ女性らしさからはかけはなれているように見える。 さて、ここでくびれが人間だけの専売特許ではないということを忘れてはならない、最近ではペプシコーラやサントリー伊右衛門などのペットボトルにくびれが存在する、これは持ちやすさを、特に手の小さい子供や女性が持ちやすいようにくびれていると思われる。ん?
女性がもちやすい

女性が手にとりやすい...

はい、これで結論は出ました、太陽関係ありません
 太陽の下で撮影された、女性のみなさまに手にとっていただきたい
 写真集でございます
ってことだろ!!端からこっち向いてねーんだよな!ちっきしょー、つかまされたよ、ふて寝だふて寝!

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第5回:ブス専とダーウィン

男同士でのファミレス談義でよく話題にのぼるのは
「風俗行きたいよねー」
「行きてーけどそんな金ねーわな」
とか
「バイトしなきゃね」
「うん、でもその前にバッティングセンターいっこうぜ!」
「いいね!その前にもう一杯ファンタおかわりしてくるわ」
「あ、俺も!」
とか、その中に

「おまえの好きなアイドル、今誰?」
「あー...○○○かな」
「なんでだよ、可愛くねーべ」
「じゃあ、△△△とかは?」
「ないね」
「□□□□は?」
「だめ、だめすぎ、あー可愛い子いねーかなー」

っていう身勝手な会話することあるんだけど、でも大切なのは会話の中身で、要は友達とまったく好みの女の子が違う場面に往々にして遭遇する。そこで今日は人間の好みについて考えてみようと思う。

異性の好みに限らず、食べ物でも音楽でも、まったく自分と相容れない事ってあるけど
僕と友達でまったく好みが違ってて
この二人とまったく好みの違う3人目がいて
最初の3人とまったく好みの違う4人目がいて
.
.
.

って何回か続けていったら橋にも棒にもかからない女の子を好きな男っていうのが表れる、こういうマニアな人の事を通称ブス専とかデブ専とか言うけど、こういう風に考えてみると理解できる、自分の好みと180°違う好みの人間がいるということが。
そうなってくると、主観っていうものが恐いね、気軽に
「これぜったいうまいから食べてみ」
って言ったときに、勧められた人がまずいって言ったときに怒ったり、ひっぱたいたり、ペンチでキンタマちぎったり、こめかみこじったりしちゃいけないね。
多様性万歳。

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第4回:自慰行為とは

自慰行為、通称オナニー
なんかかわいくないね、名前が。
名前って大事でしょ、オレオレ詐欺とかは名前がかわいすぎて流行っちゃったりするんだよな、名乗らず詐欺とかにすればいいのにね。
さて、この逆で自慰行為をもっと可愛くすると嫌悪感とか無くなるんじゃないかな
巷では自家発電とかオナーニとかシュッシュポッポとか言われることもあるけど、
自分独自の名前を使うのもいいよね。
発電関連では

一人ダムデート

とか

夜の東海村

とか....かわいくないね
まああとは

浪漫飛行

他は

ピンクフロイド

ね。

じゃあ実践
「昨日買ったエロビデオが絶品で4回もダムデートしちゃったよ~」

.......いいね

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第3回:生命

ジョンレノンは言った

「想像してごらん」 って

だからぼくも想像してみることにした
seimei.jpg


この緑の液体の中で今、生命の進化がどうにも止まらないのだと

まずはアメーバみたいな単純な生命が生まれ

明日の朝くらいには魚類はいるでしょ

で、昼ごろには陸上に適した生物がにょろりとグラスを飛び出してくるかも

そんなこと考えてたら恐くなってきた、から一滴残らず野菜ジュースを飲み干した
灰皿に乗ってるのは、昨日進化させたにょろり生物の遺骸です、煙をモクモク吐いてたからお尻を吸ったらコーヒーが欲しくなった

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第2回:小骨

うなぎを食べてたら喉に小骨が刺さった。
別に痛くはないんだよね、海老餃子を食べるときとかにちょっとミッってするだけなんだけど、こういうのって一度気になりだしたらずっと気になるよね、口の中だけで考えてもちょっと葉の間にちんげん菜がはさまっただけで集中できなくなるし、眼鏡に炒飯作ったときにはねた油が一滴ついてただけで気になるし、プリズンブレイクかサムソン電子か迷っただけで爪の先噛んじゃうし、人間ってダメだよね、ライオンって絶対インパラの小骨が喉に刺さってても気にしないし、中国人ってちんげん菜がはさまってっても気にしないだろうし、死刑囚にとってはサムソンの電のこでプリズンブレイクしたい気持ちでいっぱいだろうし、人間って高慢だね。

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第1回:前回のテーマ

windows vista が発売になった。
僕の使っているOSはlinuxなのであまり関心はないが、一応うわさは聞いている、まあ3Dデスクトップ環境は結構毛だらけ猫剥いだら毛、結構毛だらけ、鳥骨鶏剥いだら手羽先なんですが、やっぱり人間、本質を見なきゃいけないよね、蝦ちゃんって剥いだらそうでも無いんじゃないか、ボジョレ剥いだら甘くない葡萄ジュースにいいちこ混ぜただけって思うんじゃないか、pumaのロゴの足が4本あるパッチもんがあるんじゃないか、枕カバー剥いだらそば殻なんじゃないか、そういうことなんですよ、やっぱシンプルでわかりやすいのがいいよね、デジカメって派手だけど写るンですってわかりやすくていいよね、車もマニュアルよりオートマの方がわかりやすくていいよね、このあいだゲームぎらいの両親にNintendo DSを渡して脳トレやってもらったらえらい喜んでたよ、やっぱり単純に書くってことがわかりやすくていいんだろうね、革命ってそういうところにあるんだろうね。

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ビスタ?

今日からタイピングの練習にかこつけて、指力を鍛えて修学旅行で女風呂と男風呂の壁に指を甘舐めしてスッと穴を空けるために日記を書くことにしました。
FC2さんは心が広いね、アダルトokなんだってさ、ってことはだよ? 俺の頭をよぎるサルティンバンコに関しても赤裸々にワンワンすることができるんですよね、そういうわけで誰も見てないブログが始まる、そんな昔話がありました......

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